|
glanceを3年やったあとは?
その後レーベルやるんだよね。レーベルとかって格好いいかなぁ、と思って。僕のパーティーってバンドの人とかがよく来てたんですよ。その中であるバンドをいいなって思ってその人達に制作費半分出すからCD作りませんか、って言って。ていっても結局作ったのその1枚だけどね。
CDは作るまではいいけど、それをCD屋に持っていって置いてくださいって頼んだりする作業が大変で。CDをお店に持っていっても、まず本社の決裁が必要で、いろいろ書類を作ったり。で、なんとか本社通ったはいいけど、それでやっと各店舗に交渉を改めてする必要があったりね。でも、札幌の担当の方は良い人で、すんなり納品できました。そのバンド自体は札幌では知名度のあるバンドというのが良かったのだと思います。
札幌だけで売るつもりもなかったから、東京や大阪のレコード屋に「レコードマップ」という全国のレコード屋が載ってる本でアタリをつけて、サンプルを送って、委託を頼んだりするんですよね。それから、やりとりはFAX送りまくてたましたね。メールの無い時代だから。そのCDは結果的に追加プレスも出して完売することができました。ラッキーでしたね。
そのレーベルが一段落した頃、新聞で、北大生の4年生が何人かが、「WHITEST.」っていう、札幌発のカルチャー誌を創刊、という新聞記事を読んで、ヴァージンメガストアのマガジンコーナーで見つけて買って、読んでみたら、面白かったから、しおらしく感想を書いて送ったの。そしたらリーダーの大阪君に会いませんか、という話になって。
パレードビル1Fの宮越屋でコーヒーを飲みながら色々話して。その時に、よろしければ手伝わさせていただけないでしょうか、って言ったら「それでは次の打ち合せの時に事務所へ来てください」って言われて。雑誌の奥付見るとスタッフの人の名前がずらーっと並んでたから、会議の時は端で聞いてりゃいいやと思いながら、事務所に行ってみたら僕を合わせて3人しかいなくてね。他の人はもう、いなくなっていた。新人早々、にいきなりリーダーだった大阪君に「次号の特集何にしますかね?」っていうレベルの高い話で。びっくりしたよ(笑)。
基本3人(東京に就職した都内在住のスタッフが1人いた)しかいないからページ担当したらそのページのデザインもやることもありました。そこでDTPソフトの知識を得ることができましたね。でも、デザイン的な部分は大阪君がほとんどやってましたね。「gLANCE」はワープロ専用機やワードとかで作ってたけど、「WHITEST.」は、DTPで下版するプロフェッショナルな仕様だったらから、新しいこと色々覚えたよ。売り物だったから配本もやったし。本格的な取材経験ってのも、その頃が初めて。ここで今の基礎は全部できたかもしれない。
いきなりそんな状態になったのはある意味チャンスだった。ラッキーだったと思う。本屋で売っている雑誌と変わらない仕様のもので、自分のアイデアが通るんだもん。40ページくらいあって、それを3人で埋めないといけないからね。僕も大阪君も昼間は仕事してたから夜中とか土日に「WHITEST.」のことやって。で納品終わったら当然請求書来ますよね。1000部くらい作ってるから印刷代は結構な金額がかかるのよ。大阪くんとカフェで請求書見つめて、「イシカワさんいくらだせます?」「僕はこれくらいかなぁ?」「じゃあ僕はこれくらいだそうかな」という会話をしてましたね。
「WHITEST.」のスタッフになれたのも、最初に大阪君に会った時に「gLANCE」を見せたり、説明をしたから、という部分が大きかったと思う。ここでも、自分のメディア作りが新しいステップを開いたと思う。
「WHITEST.」はどれくらい続いたんですか?
1999年発行の4号くらいだったかな。そこで、明確ではないけど終わりな感じになって。大阪くんはその頃にはフリーのエディター、デザイナーとして仕事をするようになっていた。同年、再び僕はひとりでアート・カルチャー系のウェブマガジン「NUMERO
DUEX」を始めるんですよ。それまであまりwebに興味はなかったんですけど、仕事で岩内に転勤になっちゃって、フリーペーパー作ってもフレキシブルに配ったりできないしDJもやりにくいからやめたし、観念してウェブでもやるかな
ー、って気分になったんですよね。岩内だから仕事終わってからやることなくて暇だったし。
それと「Sapporo links」という札幌のカルチャーを紹介するwebマガジンがあったんだよね。それは、今の「Shift」なんだけど、それが「Shift」に移行してなくなっちゃったの。そのサイトが好きだったし、そういうのがなくなるのはもったいないなと思って「NUMERO
DEUX」を始めた。だから「Sapporo links」があったら「NUMERO DEUX」はやってなかったろうね。別のコンセプトのウェブをやったと思う。
ここまで様々なジャンルをやってらっしゃいますが、戸惑いみたいなものはありませんでしたか?
自分の中ではやってることは全部同じなんだよね。雑誌があって読者、イベントがあってお客さん、音楽があってリスナーっていう関係性は、広義に定義すれば全てメディアだと思っているので、いろいろなことをやっても自分の中ではそんなに違和感はないんですよ。自分なりの編集の方法論ですべてやってる。webに関しては本当に紙的なものをウェブで展開しているイメージ。だから、BBSとかそういう相互方向的なものがなくて、月刊誌の感覚で更新も当初は月イチでしたし。
|