表紙

各コンテンツ紹介

今井香織インタビュー

cor

ミドリウムデザインインタビュー

駅裏8号倉庫とはなんだったのか

札幌公園百景

サイトオープンにあたって



あれは81年だから・・僕の人生にとって一番重要な時代---そう言って話し始めてくれた中島さんは「約20〜25年前の話なので、一部に記憶間違いがあったらごめんなさい。」と言いながらも色々なことを話してくれました。

駅裏8号倉庫に関わったいきさつを教えてください

最初は劇団53荘を主催していた植田さんという人が自分たちの稽古場を兼ねたような公演スペースがどうしてもほしいという話でした。当時札幌ではお芝居をやっているグループがたくさんいたんですが、今と違ってきちっとした演劇スペースがあるわけじゃなかった。それこそ公共ホールのどこかとか民家の空き家をそのまま借りてという発想になるわけです。

だからなんとか場を作りたいという風なことを思った植田さんが、どこから調べてきたのか札幌駅の北側にあった拓殖倉庫を見つけてきた。1年か2年で壊すので、もしそれまでの間でいいんであれば使っていいよという話になったので、植田さんが他の劇団に声をかけたんですよ。貫索舎、お芝居グループ、劇団極、その4つに声をかけてみんなで共同で借りて芝居ができるスペースにしようとしたんだけど4団体でやっていくには維持するのは難しい。ということで、貫索舎や極に繋がりのあったところから植田さんが僕のところに声をかけてきた。
そこが43坪のすごいでかい所だったので、これはすっげえ面白いと思い、是非やろう、ということになった。で、どうせだったら映画だけじゃなくて表現活動全部に声をかけた方が面白いということで僕が小室さんとか前田さんに声をかけました。

当時洋さんはどんなことをしていたんですか?

エルフィンランドという飲み屋をやっていました。エルフィンランドは74年開店で、フリーのコンサートやったりだとか、映画の上映とか自分も作品を作ったり。エルフィンランドの2Fの小さな6畳間を上映スペースとしてやってたんです。

その頃は飲み屋文化で僕らはエルフィンランドも含めて飲み屋と喫茶店が10店集まって十転満店ていうグループを作って、自主コンサートをやってた。そこで小室さんと前田さんは一緒にやってたんです。有名なトム・ウェイツなんかの札幌公演とかそこで引き受けてる。1回目がエリック・アンダーソンで2回目がトム・ウェイツ。それから何回かやっているんですけど。

前田さんなんかは2アウトフルベースコンサートっていう、札幌の地元バンドとゲストが来るようなコンサートを中島公園にあった野外音楽堂でやってたんです。俺ももちろんそこに少しは関わっていたんですけど。

すごいみんながとにかく、色んな人たちが色んなことやってた。

次のページへ  | 1 | 2 | 3 | 4 |